施行から約60年ーー 現行の区分所有法に潜む問題点とは
マンションに関する権利関係などを定めた法律として「建物の区分所有等に関する法律」、いわゆる区分所有法があります。制定されたのは高度経済成長期の1960年代。東京オリンピック開催が追い風となって都市開発が進み、マンションの建築も活発化した時期でした。
それから約60年が経過した現在、マンションは都市部における居住形態の主流として定着しています。一方で、人口減少が危ぶまれる郊外においては空室問題が見られるようになるなど、マンションをめぐる市場の動向は大きく変化。そんななか、区分所有法は現状に則していないという意見も出始めています。今回は区分所有法が「制度疲労」を起こしていると考える住宅ジャーナリスト、榊淳司さんにその理由をお伺いします。
『5分の4』の合意や施工費用など、ハードルが高いマンションの建て替え
榊淳司さんは首都圏のマンションを中心に、市場分析や不動産業界の内情などを情報発信する住宅ジャーナリストです。1980年代から不動産の広告制作や販売戦略立案に携わるなど、実に35年以上にわたり不動産業界に身を置いてきました。
榊さんは現行の区分所有法について、老朽化していくマンションの「出口戦略が見つからない」点を問題視しています。
「鉄筋コンクリート造であるマンションの寿命は、一般的に100年程度と言われることが多いです。国内でマンションが盛んに建て始められたのが、区分所有法が制定された1960年代。つまり、あと30〜40年もすれば寿命を迎えるマンションが次々に現れることになります。寿命が近いマンションは建て替えをしたり解体して更地にする必要がありますが、現行法では区分所有者の権利が過剰に保護されているあまり、工事にあたって住民の合意形成を行うことがほとんどできないのです」
区分所有法では建て替えにあたって、区分所有者数の5分の4以上、および議決権の5分の4以上の賛成による決議が必要です。これは建物の解体も同様で、さまざまな議決要件のなかで最も厳しい規定となります。
「数戸程度のマンションであれば区分所有者の意見を取りまとめることもできなくはありませんが、数十戸以上になると議決が徐々に難しくなっていきます。タワーマンションのように数百、あるいは千戸規模になると合意形成はほぼ不可能といっていいでしょう」
加えて、建て替えあるいは解体に必要な費用は、建物によっては1戸あたり一千万円以上かかるともされるため、大きな課題だといいます。基本的には区分所有者が支払ってきた修繕積立金が充てられますが、足りない場合は一時金など追加の資金を払う必要があるからです。榊さんは「区分所有者が自ら費用を負担して建替えや解体を行う事例は皆無と言っていい」と語ります。
「建て替えが実際に行われた事例もまれにありますが、それは区分所有者に費用の負担が発生しない場合です。具体的には建て替えによって住戸数を増やすことができ、増えた分の住戸を売却して施工費用に当てられるケースですね」
そうしたマンションは、容積率に余裕があって元々増築可能であることが大前提。加えて、新たな住戸が売却しやすいことも重要です。榊さんは都心部、東京で言えば山手線の少し外側ぐらいまでの好立地の物件でないと需要は見込めないと話します。
「こうした様々な課題を考えると、建て替えできるのはマンション全体の1%にも満たないでしょう。残り99%は老朽化が進んで新たな住民を見込めないまま、廃墟化の道を辿ってしまう可能性が高いのです」
悪意の理事長を排除しにくい総会の仕組み
榊さんは区分所有法について、マンション管理組合の運営を透明化できない点も問題だと指摘します。現行の法律は、理事長が組合の財政を私物化しやすい仕組みになっているというのです。
「300戸以上のマンションであれば、区分所有者から徴収する管理費・修繕積立金や駐車場代は年間1億円超と莫大な金額にのぼるかと思います。基本的には管理会社などの外部委託先に支払うお金ですが、理事長がその気になれば、組合の資金を悪用して私腹を肥やすこともできるのです」
多くの場合、管理組合の意思決定を行う総会において、議長の役目を果たすのは理事長です。管理組合の活動に積極的ではない区分所有者のほとんどは、委任状を提出して議決権を議長に一任します。そのため理事長が、予算の一部を自分の懐に入れるべく、つじつまの合わない予算案や収支決算案を総会に提出したとしても、議案資料が外見上整っていれば、不正を見抜くのは困難となり、何の議論もなく承認されてしまうケースが珍しくないというのです。
「さらに管理会社など、外部の組織と結託して不正を働くケースもあります。例えば理事長と理事数人が協力して、管理委託先を変更する議案を総会に上程したとしましょう。管理業務の内容がこれまでと同水準で、管理委託費がそれなりに安くなるのであれば議決も難しくないでしょう。しかしその裏では、新たな管理会社から理事長と理事数人に、数百万円のキックバックが支払われる事例もあるのです」
榊さんはこうした不正について、「明確な犯罪だが証拠が見つからず、犯罪にできないケースがほとんど」だと話します。
「区分所有法には管理組合の運営に関して、実質的な情報公開制度がありません。一応、利害関係者が請求すれば総会の議事録や決議に関わる書面を閲覧させなければなりません。しかし、閲覧のさせ方に細かい規定はないため『閲覧範囲は過去1年に限る』、『コピー、撮影、外部への持ち出しは禁止』などの規制をかければ、どのようにでもごまかしてしまえるのです」
管理組合法人化など、管理費滞納に対処しやすい組織づくりが大事
こうした区分所有法に関するさまざまな問題点に関して、住民が自ら行える対策はないのでしょうか。
「管理組合の運営に関しては、企業のように外部監査が必要な体制を整えれば、ある程度透明化できるでしょう。一例として、私が知っているマンションでは、法務に深い知見を持つ人材を外部から招き、監事として管理組合の運営を厳しくチェックしてもらっているところがあります」
一方で榊さんは、老朽化に対する出口戦略については有効な手立てがあまりないといいます。
「国土交通省では、5分の4の建て替え要件を緩和しようという議論もありますが、ほとんど焼石に水といっていいでしょう。仮に緩和されたとしても、建て替えにかかる施工費用がどうしてもネックとなってきてしまいます。人口減少で将来の居住需要が見込めないマンションは、管理費・修繕積立金の滞納が徐々に増えていき、このままでは廃墟化を免れられないと思います」
それでは、ある程度立地がよく、存続の望みがあるマンションはどのような対策をしていくべきなのでしょうか。榊さんが提案する案のひとつが、管理組合の法人化です。
「管理費や修繕積立金の支払いが滞っている住戸をなくしていくことが大切です。管理組合を法人化すれば、滞納する住戸が出た場合の訴訟・調停などについて迅速な対応が可能となります。つまり、滞納している住戸の所有権を、できるだけ速やかに管理組合に移管させたり、競売にかけたりする仕組みがつくれるのです」
このように、榊さんは監査や滞納に関する措置を含めて「住民同士の個人的な感情を抜きにして、企業組織のような運営体制を構築していくことが大切」だと話します。
「『監事であっても管理組合の仲間なんだから仲良くしよう』『滞納したからといって、所有権をとりあげるなんでひどい』といった意見を尊重するのではなく、ある種ビジネスライクな関係性で組合を運営していった方が、財政面においては健全化できると思います。マンションのように『形あるもの』はいつかは必ず朽ちるという現実を見据え、必要があればご近所同士でも厳然な対応をしていくことが大切です」
廃墟化したマンションが社会問題として認知されるようになって初めて、行政も区分所有法のあり方について見直し始めると榊さんは予想します。「国や地方自治体が何とかしてくれるだろう」と楽観的に考えるのではなく、まずは個々のマンションで廃墟化を防ぐ取り組みを始めていきたいところです。
(プロフィール)
榊淳司さん
不動産ジャーナリスト・榊マンション市場研究所主宰。
1962年京都市生まれ。同志社大学法学部、慶應義塾大学文学部卒業。
主に首都圏のマンション市場に関する様々な分析や情報を発信。
東京23内、川崎市、大阪市等の新築マンションの資産価値評価を有料レポートとしてエンドユーザー向けに提供。
2013年4月より夕刊フジにコラム「マンション業界の秘密」を掲載中。
その他経済誌、週刊誌、新聞等にマンション市場に関するコメント掲載多数。
主な著書に「2025年東京不動産大暴落(イースト新書)※現在5刷り」、
「マンション格差(講談社現代新書)※現在5刷り」、
「マンションは日本人を幸せにするか(集英社新書)※現在8刷り」等。
「たけしのテレビタックル」「羽鳥慎一モーニングショー」などテレビ、ラジオの出演多数。
早稲田大学オープンカレッジ講師。
この連載について
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