【弁護士に聞く】コロナ禍で管理会社の業務が停止! 委託費は返金される?
新型コロナウイルスの感染拡大によって、管理員の派遣を停止するなど業務を削減する管理会社もなかにはあるかもしれません。ただ、業務の削減期間中も管理組合は、管理会社に対して「業務委託費」を支払っています。
本来であればコロナ禍で実施しなかったサービスの料金を算出し、管理組合に返金するのが望ましいところ。ただ、精算金額の落としどころを探るのは難しい現状もあり、管理会社によっては「返金を免除して欲しい」と要求を行うケースもあるようです。
では、業務委託費を返金して欲しい場合、どういった対応を行えば良いのか。野中法律事務所・弁護士の野中武さんに聞きました。
返金の要求前にまずは契約書をチェック!
野中さんはまず「管理会社と交わした契約書の中身を確認してください」と話します。
「まず、契約書の中身を読み、感染症などの事態を想定した条項が設けられているかどうかをチェックしてください。とはいえ、多くの管理業務委託契約ではこのような条項は設けられていないのではないかと思われます。その場合、後ほど詳しく紹介しますが、民法等の解釈によって業務委託費用の発生の有無が決められることになります。
次に、新型コロナウイルスの影響で管理会社の業務が一部行われなかった場合、その業務が契約上の義務か、つまりは債務不履行(果たすべき約束を実行していないこと)となるのかについて契約書を確認する必要があります。契約書に記載のある業務を実施していなければ、契約上の義務を果たしていないこと。つまり債務の一部不履行となり、管理会社側は不履行部分に対応する業務委託費用の返金に応じる必要があります」
民法536条1項は「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは債権者は反対給付の履行を拒むことができる」とあります。つまり(当事者双方の責任ではなく)新型コロナ感染症の影響により、一部の管理業務を履行することができなくなったときは、それに対応する委託費用の支払いを拒むことが可能。例えば、契約書に「9時から5時までは受付に管理員が2人常駐する」といった具体的な内容が記載されていた場合、新型コロナ感染症の影響により当該業務が行われなかった場合には、その業務に対応する委託費用の返金を要求できることになります。
「ただ、業務が制限されていた期間中の業務委託費について『全額返金』の要求は難しいと思われます。例えば、マンションの保守・管理業務の中には防火管理やエレベーターの保守管理といった年数回程度行えば足りる業務や、長期修繕計画の策定など現地に出向かなくてもできる業務もあるわけです。コロナによる自粛期間中だけ一部の業務を停止していたからといって管理業務の全てを怠っているわけではない可能性もあります」
さらに、契約内容には曖昧な記載しかなく、業務範囲を明確に定義している例はそこまで多くありません。また地震や大災害の対応については記載があっても、感染症で従業員が出勤できない事態について触れている契約書はほとんどありません。その場合、どこまでの業務が契約上の義務といえるのか争いとなり、一部の業務を停止していたからといって、債務の一部不履行といえるかどうか明確ではない事態が生じます。
「そのため、今回のコロナ禍のような事態を想定し、今後は感染症に関する条項を入れた契約を交わす必要があるでしょう。また管理会社を選ぶ時点で、最初の契約書にどれぐらい詳細な業務内容が書かれているのかを把握しておくことが大切です」
コロナ禍は「履行不能な状況」と言えるかが問題
契約書のなかには津波や地震、火災といった人の力ではどうしようもできない「不可抗力」が起きたとき、免責を認めるケースがあります。
では、今回の新型コロナ感染症の影響は「不可抗力」といえるのか。野中さんは今回のコロナ禍が「契約上の義務を果たすことが不可能な状況(履行不能)だったかどうかが問題」だと話します。
「『履行不能』について法的な説明をしておくと『債務の履行が、契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして不能である』と言えるかどうか。つまりコロナ禍が、社会通念に照らして当該債務を履行するのに不能な状況に該当するかどうかを考えなくていけません」
とはいえ『社会通念』という言葉は曖昧さを含んでいるため、今回のコロナ禍の状況が果たして「社会通念に照らして不能な状況」と言えるかどうかの判断は非常に悩ましいといいます。
「この点、火災や地震による建物の倒壊など物理的な原因だけでなく、法律上の制限で業務が実施できない状況などが一般的には該当します。今回のようなコロナ禍においては、新型コロナ感染症の影響が相当大きいことを踏まえたうえで、都道府県からの要請の法律上の根拠や新型コロナ感染症の被害状況、当該取引の内容や回避措置・代替措置の有無などを総合的に考慮して判断されることになります」
ただ、今回のコロナ禍においては、政府はあくまでも不要不急の外出自粛を「求めた」だけでした。
「今回のコロナ禍においても、管理業務を最低限やっていたマンションもあります。例えば、受付業務は一部制限していたものの、ゴミ出しや清掃業務だけはなんとかこなしていたなど、管理業務が完全にできなかったわけではなかったかと思います」
現時点では、新型コロナ感染症の影響が「不可抗力」であるかどうか、法律上判断するのは難しいといいます。そのため、まずは管理会社と話し合いを行う必要が出てくるでしょう。
感染症発生時の対応を管理組合と管理会社で話し合っておく
コロナ禍における管理会社や管理組合の対応については、一般社団法人マンション管理業協会が公表している「新型コロナウイルス等感染症対応ガイドライン」に記載された、以下の2つの内容が参考になります。
“マンション現地へ配置する社員に対しても安全を確保することは必要であることから、感染症発生時はマンションのライフラインを維持するための必要最小限の業務履行となることも止むを得ない等の承諾を得ておくことが、緊急事態に直面した場合の混乱を避ける対策と考えます”
“感染症等の拡大時には、管理組合との管理委託契約に基づく業務履行に支障が生じることが予想されます。事業者として緊急事態に応じた社内体制を構築していても、人員の都合上管理組合の要望に応えられない事態となった場合にどのような対応ができるか等について、管理組合と事前に協議しておくことが望まれます”
「つまりどの程度業務を削減し、いくら返金してもらえるのかなど、コロナ禍の対応は管理会社と管理組合で話し合ってくださいと言っているわけです。だからこそ、管理会社と管理組合が、お互い話し合った上で、業務の内容や返金額などを決める必要があるといえます」
また、話し合いにより合意した内容については、証拠として合意書や覚書、議事録の形で書面に取っておくことが大切だといいます。
返金に応じなくとも「委託費の支払いを止める」のは避ける
仮に話し合いをしても管理会社から返金に応じてもらえない場合、野中さんはいきなり委託費の支払いを止めるのは避けたほうが良いと話します。
「まずは交渉することが大前提。いきなり『今月は払わない』となると、その不払い自体が契約違反にあたるとして、損害賠償を請求される恐れもあります。
そして、話し合っても解決しない場合、弁護士などの第三者に相談することをおすすめします。最終手段として、来年度から別の管理会社に変更するというのも十分あり得る話だと思います」
今回の話をまとめると、返金に応じてもらえるかどうかは、契約書に記載された業務を管理会社が行っていたかどうかが鍵。ただ、業務内容を明確に記載していないケースが多いのが現状。そうなると、管理会社と管理組合との間で業務委託費の返金について話し合う必要があるでしょう。
そして話し合いで解決しない場合は弁護士などの第三者に相談するほか、最終手段として管理会社を見直すなどの方法も考えられそうですね。
(監修者)
野中法律事務所
弁護士・弁理士 野中 武
1995年早稲田大学法学部卒業。1998年司法試験合格。2000年弁護士登録(東京弁護士会)。2006年5月、米国American University, Washington College of LawのLL.M. 修了。2006年6月から同年12月まで、米国ワシントン州シアトルのOgden, Murphy Wallace法律事務所にて米国企業法務の実務を研修。2009年弁理士登録。2012年2月、野中法律事務所を開設。2015年10月より東京簡易裁判所の非常勤裁判官(民事調停官)に就任(~2019年9月)。
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