連載:となりの管理組合

修繕積立金不足をどう乗り切る!? 2倍の値上げに成功したマンションの取り組みに学ぶ

2022.09.30
修繕積立金不足をどう乗り切る!? 2倍の値上げに成功したマンションの取り組みに学ぶ

見通しが甘い長期修繕計画を運用しているマンションは、修繕積立金不足に陥って財政破綻してしまうかもしれません。また、資金が不足すると分かっていても住民からの同意が得られず、積立金の値上げができない管理組合も多いかと思います。

そんななか、竣工当初から計画の見直しに取り組み、積立金の大幅な値上げへと踏み切ることができた「イニシア千住曙町」というマンションがあります。理事会役員として当時、修繕計画案の見直しや住民との合意形成に奔走したのが應田治彦さん。国内最大の理事長団体「RJC48」の代表であると同時に、ハンドルネーム「はるぶー」さんとしても有名なマンション界のインフルエンサーです。

應田さんに修繕積立金を値上げした経緯や、どのように住民との合意形成に取り組んだか、お伺いしました。

破綻した計画に震災、増税……相次ぐ危機に困惑

イニシア千住曙町は東京都足立区の郊外に立地する、総戸数500戸のメガマンションです。應田治彦さんは2009年の新築当初から同マンションに入居。管理組合の第1〜2期にかけて理事長をつとめました。

イニシア千住曙町で管理組合の第1〜2期にかけて理事長をつとめた應田治彦さん

「第2期目となる2010年に、管理会社から修繕積立金の大幅な不足が見込まれると知らされたのです。分譲時に長期修繕計画で示された総工費は30年間で約28億円だったのですが、見直し後は約32億円と大きく跳ね上がりました」

当初は同程度の戸数を有するマンションにおける、1戸あたりの修繕費からイニシアの総工費を概算していました。しかしイニシアは建物の専有部分に対し、共用部分も含めた総面積の割合が比較的大きく、共用部分にかかる費用が上手く総工費に反映できていなかったのです。

イニシアの専有部分が約4万1000㎡なのに対し、駐車場・ポーチ・地下部分といった共用部を含めた総面積は約1.6倍となる約6万6000㎡。この比率はほかのマンションと比べて、例外的な大きさとなります。そこで管理会社が共用部分の割合を考慮して、改めて総工費を試算した結果、総工費が約4億円増えたわけです。

「大幅な増額でしたが、まったくの想定外だったわけではありません。販売時の計画が現実的ではないことは、ある程度予想できていましたから。ところが増額を知らされてからほどなくして、震災と消費税増税という新たな不安要素も生まれました」

第2期の終わり、2011年3月に発生した東日本大震災はイニシアにも大きな被害をもたらしました。外壁のひび割れや、棟と棟を繋ぐわたり廊下の破損など数々の損壊が発生したのです。1年半にわたる修繕工事の結果、トータルで約5000〜6000万円もの想定していなかった修繕費用が発生しました。

また、2012年6月には消費税を5%から8%に引き上げる法案が国会で可決されました。増税により、以降30期目までにかかる総工費は3%増額される計算になります。

将来の修繕費を増大させる2つの出来事により、長期修繕計画の見直しは、より急務となったのです。

多く問題を抱える「段階増額積立方式」での徴収

應田さんがはじめに取り組んだのが、修繕積立金の徴収方式を見直すことでした。分譲時の計画で採用されていたのは、積立金額を段階的に引き上げる「段階増額積立方式」という方法。イシニアでは当初、修繕積立金を1戸当たり月9400円程度(全戸平均)に設定し、月々の徴収額を5年ごとに2割引き上げていく予定となっていました。

分常時の段階計画

「イニシアの段階増額積立方式はいくつかの問題を抱えていたのです。第一に、値上げ幅を徐々に拡大したとして、住民は将来にわたって支払い続けられるのかという懸念がありました。段階増額積立方式で値上げするなら、30期目が終われば当初から約3倍の金額となる試算でした」

当時、イニシアでは30〜40代を中心としたファミリー層が数多く住んでいました。いずれも数十年にわたる長期の居住を前提とする方々です。こうした住民は30年後、ほとんどの方が現役時代より所得水準が下がる年金生活者となります。入居当初と比較して約3倍にもなる値上げは、老後の家計に対する負担が計り知れません。

さらに應田さんは、合意形成の労力が大きいという問題にも触れました。

「当初の計画では第1〜11期までに積立金を2回引き上げたのち、第12期目に初回の大規模修繕をぎりぎりの予算で行う見通しとなっていました。しかし第1〜11期までに臨時の支出が生じて予算が足らなくなると、どうしても値上げの回数か値上げの幅が増えてしまうのです。新たな値上げを管理組合で決定しようとすると、理由をめぐって総会が紛糾してしまいます」

段階増額積立方式では「値上げ幅」と「値上げするタイミング」という2つの要素を決める必要があり、選択肢は無数に存在します。そのため「将来に備えて5回ぐらい引き上げた方がいい」「1回あたり2.5割引き上げれば問題ない」など様々な意見が生まれ、万人が納得する方法を決めづらいのです。理事会にとっても、必要があるたびに値上げの対応に忙殺される手間がかかってしまいます。

最後に應田さんが挙げたのは、入居時期によって修繕積立金の負担に不公平が生じてしまう問題でした。

「新築時からの住人に比べ、十数年後に入居してくる人たちは、最初から高くなっている修繕積立金を支払わなければならないので公平性に欠けます。そのことを気にする購入検討者が増えれば、マンションが不人気化して物件の価値が毀損されることにもなりかねません」

應田さんは、マンションの新規入居者がいなくなる「スラム化」の危険性も考えられると指摘しました。

「均等積立方式」なら将来の負担を軽減できる

段階増額積立方式に代わる新たな徴収方法として検討されたのが「均等積立方式」です。これは早い段階で修繕積立金を適切な金額まで引き上げ、その後は長期間にわたり一定金額で徴収していく方式となります。イニシアの場合、当初の1戸当たり月約9400円(全戸平均)を月約1万9800円(全戸平均)へと2倍強に引き上げ、その後金額を変えずに徴収し続けていく計画を立案しました。

分譲開始時と変更後の計画の違い

当初の段階増額積立方式と比較すると、第1〜20期目までの修繕積立金は均等積立方式の方が高くなるものの、それ以降は低く推移していきます。住民が年金生活者となる前に多くの修繕積立金を支払ってもらい、将来の負担を軽くするという合理的な徴収が可能となるのです。

「均等積立方式であれば、値上げ方法をめぐって細かい議論になることもありません。なぜなら引き上げ方が1通りに限定されるうえ、その根拠がわかりやすいからです。向こう30年間に必要な総工費を目安とし、それを360カ月(30年×12カ月)で割れば、月々における修繕積立金の徴収額が算出できます」

均等積立方式は資金的な余裕が生まれやすいというメリットもあります。一般的に大規模修繕は、第1回、第2回と回数を重ねるごとに、必要とする修繕費が大きくなっていきます。段階増額積立方式は、増大していく修繕費に合わせて修繕積立金も引き上げていくという考えのもと、制度設計されています。

一方で均等積立方式は、将来の修繕工事も見込んで徴収金額を設定。そのため、工事費が比較的抑えられている計画初期の頃は、修繕費の余剰金が生まれやすいのです。地震など突発的な支出に対しても、値上げをすることなくある程度対応することが可能となります。

2つの方式での修繕費会計の残高の比較

さらに、入居時期による不公平性も解消されます。新築当初からの住民でも、その後の入居者でも、同程度の金額を負担してもらうことになるのです。

住民への情報提供を欠かさず、短期で合意形成を図る

さまざまなメリットがある均等積立方式への切り替えですが、イニシアの場合は修繕積立金を現在の2倍にするという、大幅な値上げを前提とした計画となります。住民からの反発は十分に考えられました。住民との合意形成にあたり、應田さんは何を意識したのでしょうか。

「まずは、値上げが必要な理由を理解してもらうように努めました。値上げの発端となったのは管理会社による修繕計画の見直しですが、住民のなかには『管理会社の試算結果が信用できない』と思う方もいたかもしれません。そのため、管理会社と資本関係にない第三者のコンタルタントにも、修繕積立金が足りるかどうか検算をしてもらい、結果を住民に報告したのです」

さらに應田さんは、住民に対して情報提供も熱心に行いました。値上げに関する住民説明会を何度も開催したり、『瓦版』と称したチラシを週に1回の頻度で全戸に投函したりしたのです。チラシには値上げが理事会で議論されていることやその背景、住民説明会の案内、そして「そもそも修繕積立金とは何なのか」などさまざまな情報を掲載しました。

「住民全員に対して、値上げについて『知らない』とは言わせないことを意識しましたね。住民説明会は週末のほか平日の夜もふくめて6回と繰り返し開催しました。最後の会には参加者が1名のみに。日程の都合が合わず参加できないという人が0になるまで行ったわけです。値上げが必要な根拠は十分道理にかなったものであり、住民に知ってもらえさえすれば、ある程度は理解されると考えていました」

應田さんはこうした取り組みを、できるだけ短期間で行うことも意識したそうです。

「値上げの計画ついて住民に周知したのが2013年2月で、総会の議案としたのが同年4月。わずか2カ月の間に住民との合意形成を図ることにしたわけです。議論に長く時間をかけていると、計画の策定を目指す理事会メンバーの体力が持ちません。私もチラシを深夜に制作するなどの作業が、午前3〜5時まで及ぶことがざらにありました」

加えて、議論に長く時間をかけてもあまりメリットがなかったことも強調しました。

「総会の議案としたのは、均等積立方式での値上げについて『イエスかノーか』だけでした。そのため住民同士で話し合うことにより、より良いプランが生まれる余地があまりなかったのです。さらに値上げについて猛烈に反対する方がいた場合、時間がかかればかかるほど、ほかの住民を巻き込んで話し合いがあらぬ方向にこじれていく可能性もあったでしょう。たとえ短期間に合意形成を進めたとしても、誠実に情報提供を行ったうえであれば、住民も納得してくれるだろうと考えていました」

應田さんをはじめとした理事会メンバーの取り組みのかいあって、議案は総会出席者の約9割の賛成を得て、無事可決されました。

「値上げができた最大の要因は、現役世代が多く居住するファミリータイプのマンションだったことでしょうね。数十年後も住むかもしれないマンションですから、将来の負担を先送りにしない均等積立方式が選ばれたのだと思います」

ファミリータイプのマンションであることがスムーズに値上げできた最大の要因だと應田さんは分析

イニシアにおける修繕積立金の値上げや均等積立方式への移行は、ほかのマンションでも大いに参考となる事例でしょう。しかし應田さんは、マンションそれぞれの状況によっても、値上げにあたっての対応は異なるだろうと話しました。続く後編では、マンションのシチュエーション別での取り組みについて、應田さんのお考えを紹介します。

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この連載について

【連載】となりの管理組合

大規模修繕は、準備から完了までに2〜3年ほどの時間を要する一大イベント。なかでも管理組合から選出される修繕委員会は、このイベントにおいて必要不可欠な存在です。とはいえ、最初は誰もが初心者。「選出されたはいいけど、どうすれば?」と、疑問がたくさん浮かんでくることでしょう。本連載では、そんな疑問を解決すべく、実際に大規模修繕を経験したマンションに足を運び、編集部が修繕委員会の方に突撃!リアルな声をお届けします!

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