連載:マンション管理最前線

世界的なパンデミックやインフレ……首都圏のマンション市場はどう変わっている?

2022.07.27
世界的なパンデミックやインフレ……首都圏のマンション市場はどう変わっている?

マンションの購入を検討されている人のなかには、購入時の価格はもちろんのこと、売却するときにいくらで売れるかを気にされている方も多いのではないでしょうか。子どもの独り立ちや老後の地方移住など、ライフスタイルの変化によって、いずれ物件を手放すときがくるかもしれません。

できるだけ資産価値を維持しやすい物件を選ぶうえで、まず抑えておきたいのがマンション市場の動向。なぜなら、いくら好立地の物件を買ったところで、市場全体が傾けば値下がりしてしまうリスクがあるからです。今回は不動産専門のデータバンクを取り扱う株式会社東京カンテイの井出武さんにインタビューを実施。前編としてまずは首都圏全体をメインに、新築市場の現状についてお伺いしました。

抑制された供給戸数が上昇相場を牽引

株式会社東京カンテイは不動産専門のデータ企業です。マンション市場の調査・分析結果をはじめ、マンション単位での価格・間取りの詳細な情報を顧客に提供し、取引先は不動産企業だけでなく、住宅ローンサービスを提供する金融機関など多岐にわたります。

市場調査部の上席主任研究員、井出武さんは過去20年以上にわたって不動産市場の動向を研究してきたプロフェッショナル。リサーチ分野の第一人者として、企業のみならずマンション購入者層に向けた講演も多数行っています。まずは井出さんに首都圏の新築マンションを中心に、ここ20年あまりにおける市場の概況について教えていただきました。

今回お話しをしてくれたのは東京カンテイの井出武さん

「マンションの相場は2000年代初頭を底値として、基本的に右肩上がりで推移してきました。リーマンショックや東日本大震災などで一時的な急落はありましたが、いずれも長期的な下落要因にはなりませんでした」

例として首都圏主要都市の新築マンションにおける、平均坪単価の推移を見てみましょう。いずれも、2002年〜2005年から起算すると、現在に至るまでに50%以上の価格上昇を見せています。現在の価格水準は、不動産価値の上昇に沸いたバブル景気の絶頂期1990年前後に迫る勢いです。

首都圏のマンションの平均坪単価は2000年代初頭から大きく上昇している

過去20年あまりにおけるマンション価格の上昇トレンドには、どのような理由があるのでしょうか。井出さんは主に2つの要因を指摘します。

「第一に考えられるのが供給戸数の減少です。マンション価格が低水準にあった2000年代初頭、市場への物件の供給量は現在と比較して約3倍の水準となっていました。ところが2000年代の半ばにさしかかると供給量は徐々に絞られていき、2008年のリーマンショックをきっかけとして明確な減少傾向に転じたのです」

首都圏新築マンションの供給戸数は2000年以降は減少傾向にある

リーマンショックによる景気後退で国民の消費マインドが悪化したことを受けて、高額商品の代表ともいえる不動産の売れ行きが極めて低調になりました。これまでに進行していた不動産プロジェクトも中止・凍結が相次ぎ、マンションの売り出しが滞ってしまったのです。

「2008年を境に中小の不動産企業の倒産も相次ぎました。結果的に生き残ったのは、財政的な余力があった財閥・電鉄系の大手デベロッパー。不動産業界の寡占化が進んで供給者が限られるようになったことで、供給の抑制傾向がさらに加速したのです」

市場に出回るマンションが減れば、物件の希少価値が底上げされます。不動産企業も低調な市況を考慮して、物件の量よりも質を重視し、好立地で付加価値の高いマンションの提供を志向するようになりました。物件の平均単価が上がったことも相まって、価格相場は長期的な上昇トレンドへと転じるようになったのです。

市場参加者の多くが投資家へと入れ替わる

井出さんが価格上昇の要因として次に挙げたのが、新築マンションの購入者層の変化です。

「2000年代までの買い手は居住用として購入する、いわゆる実需を目的とした方が大多数を占めていました。ところがマンション価格の上昇によって、一般家庭が手が出しにくい高価格帯のマンションが増えてきたのです。高額物件のメインターゲットは資金に余裕のある富裕層になるわけですが、居住用に購入する数には限界があります。そのため近年では、賃貸収入を得たり、売買差益で利益を得るキャピタルゲインを目的にマンションを買う人が増えてきたのです」

2010年代からはアベノミクスによる大胆な金融緩和策が実施され、不動産投資ローンや、事業者向けの貸し付けとなるプロパー融資の金利も大幅に引き下げられました。ローンを返済しながらでも、家賃収入により利益を確保できる環境が整ったことも、投資家の不動産購入を後押ししたのです。

「私はマンションの購入者層に向けた講演を行う機会も多く、投資目的の方々から話を聞く機会があります。購入資金について聞くと、キャッシュを潤沢に持っていながらも、金融機関から融資を受けようとする方が圧倒的に多いことがわかりました。マンションの購入は、流動性のある現金を固定資産へと換える行為。いざというときに換金しづらいので、手元のキャッシュは残しておきたいわけですね」

投資目的の購入者が増えれば、価格形成のメカニズムも変わります。

「『価格が上がるはずだ』と思って買ったマンションを売りに出すとき、購入時より低い価格で値付けするといった事例はごくまれです。相場は堅調なのだから、より高い価格設定でも売れるだろうと考える方が大多数。こうした事例が連続することで、右肩上がりのマーケットが形成されるのです」

井出さんは物の値段が上がるかどうかを決める要素として「値上がりの期待が持てるか否か」が、とりわけ重要であると強調。マンションは価格上昇の期待が高い資産なのだと話しました。

コロナ禍での住環境の見直しが市場に貢献

これまで底堅い推移を見せてきたマンション価格の相場。そんなマーケットを動揺させたのが、2020年に始まった新型コロナウイルスのパンデミックでした。

「2020年2月に感染拡大への警戒から大幅な相場の下落がありました。当時は日本で数えるほどしか感染例がなく、マスクをしている人も多くなかったので、マーケットの反応の早さがうかがえます。その後感染者が急速に増えて、4月に緊急事態宣言が発出。不動産企業は店舗を閉鎖し、新たな不動産取引がほとんどなくなってしまったのです」

当時の状況は供給戸数のデータにも表れています。2020年4〜5月期の新築マンション分譲戸数は前年同月と比べて半分以下に落ち込んでおり、まさに未曾有の事態だったのです。

2020年4月、5月は緊急事態宣言によって分譲戸数が前年の半分以下となった

ところがデータを見ると、分譲戸数は2020年6〜12月にかけて、急速な回復を見せていたこともわかります。マンションの平均価格も早期に、下落前の水準へと戻りました。背景にはいったい何があったのでしょうか。

「コロナが『居住環境』を重視させるはたらきがあったことが、原因として考えられます。人流を抑えるために『ステイホーム』が推奨され、在宅時間が長くなったことで、人々はより良い住環境を求めるようになりました。人気化したのは利便性の高い都心のマンションです。人流が少ない郊外の戸建てへの移住傾向も多少はみられたものの、都会の利便性重視という価値観が根本的に変わることはなかったといっていいでしょう」

井出さんはさらに、新型コロナウイルスが「全国に等しく」影響を与えた点にも触れました。

「コロナが熱帯性の伝染病だったならば、寒冷な北海道の物件価格が上がって、比較的温暖な首都圏が下落することがあったかもしれません。しかしコロナの影響に地域性はなかったのです」

このように新型コロナウイルスの性質が明らかになっていくに従って、市場の不安も徐々に払拭。コロナが収束した時を見据えて、一時的に価格が下落したマンションを購入しようとする人が相次ぐことになりました。井出さんは相場が元の水準に戻ったことを受け、長期的に見るならばコロナが価格の相場に与えた影響は、それほど大きくなかったのではないかと話します。

「ただし、コロナ禍が長期となるにつれて価格の上昇トレンドにも陰りが見えてきました。相場は2021年の5月以降、高値をつけていません。当時は新型コロナウイルスのデルタ株が新たな脅威を捉えられていた時期。このように新たな感染拡大期になると、コロナ収束を前提とした購入意欲が減退していく傾向がわかってきました」

しかし井出さんは、現在の市場における不安はもはやコロナではないと話します。インフレという新たな脅威がマーケットに暗い影を落としているのです。

目下の懸念はインフレによる資材高

2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によって、エネルギー資源を初めとしてあらゆる商品価格が上昇。世界的なインフレが経済問題となっています。国内では円安も相まって輸入物価が大幅に上昇したことから、マンションの建築に関わる資材価格も急騰しているのです。

「2010年代からすでに、アベノミクスによる円安誘導で資材価格の上昇は続いてきました。資材高によってマンションの建築コストも上がることから、販売価格の押し上げにつながってきた側面もあります。しかし、こうした経緯を考慮しても、今回のインフレは様子が少し違う印象を受けます。なぜなら、あらゆる消費者物価が上がっているので国民の家計が圧迫され、物件の買い控えが起こってしまう懸念があるからです」

関連して、住宅ローン金利の上昇圧力も懸念視されています。欧米など主要先進国は、歴史的なインフレに対応しようと、政策金利の引き上げを急いでいます。

「一方で日本においては、日本銀行が低金利政策を堅持しているため、実質的に政策金利と連動する住宅ローンの変動型金利も、未だに低水準のまま。しかし10年物国債の利回りはすでに上昇基調に転じ、長期金利に連動する固定型金利やプロパー融資の金利も引き上げられています」

今後、日銀が政策転換して金融の引き締めが行われて、変動型金利も同様に上昇トレンドに転じる可能性があります。融資環境の悪化によって、マンションの売れ行きにも悪影響があるかもしれません。

「たとえ売上高が減少しようとも、不動産企業が強気の価格設定を維持できれば、マンション価格の相場が大幅に下落する事態にはつながりません。先ほども述べたとおり、主要な不動産企業は大手デベロッパーがほとんどなので、分譲戸数の調整も容易です。確実に売れる一等地の物件を中心に売り出していけば価格水準は維持できるので、ある日突然相場の大暴落が生じるといった自体は考えにくいでしょう」

それでも井出さんは、これからインフレの影響が徐々に顕在化していくなかで、市況の悪化に対して不動産企業がどれだけ持ちこたえられるかという点を、慎重に見極めていく必要があると語りました。

国内経済や世界情勢とともに変化を続ける首都圏の新築マンション市場。一方で個別のエリアや、中部・関西圏などほかの地域、そして中古市場はどのような状況にあるのでしょうか。続く後編では井出さんに、より多角的な視点からマーケットを解説してもらいます。

【東京カンテイ 上席主任研究員・井出武】
1989年マンションの業界団体に入社。以後不動産市場の調査・分析、団体活動に従事。
現在、東京カンテイ市場調査部上席主任研究員として、不動産マーケットの調査・研究、講演業務等を行う。
『BSフジLIVEプライムニュース』、『羽鳥慎一モーニングショー』、不動産経済オンライン、文春オンライン、日本経済新聞など多数のwebメディア、新聞、TV等へ出演実績多数。また、22年10月にオープンした『東京カンテイ マンション図書館』の館長も務める。

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この連載について

【連載】マンション管理最前線

「近年に見られる大規模修繕工事のトレンドは?」「今後、マンション価格はどう変動するのか?」「災害リスクとどう向き合べきか?」など、この連載では、マンション管理・修繕を巡る最新事情をお伝えしていきます。

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